始まりは、2005年2月6日午後2時開演の「第九」
ベートーヴェン:交響曲第九番二短調・作品125「合唱付」
あれは2003年の夏も終ろうとしていたある日、市の公民館で「第九を一緒に歌いましょう」のチラシを見つけ、日を置かずして、即座に申し込みました。
その頃私は、暇さえあれば一人でカラオケに行ったりしていました。週一は行ってたかも知れません。仲間とは時々行っていました。ボーリングを2-3ゲームして、食事をして、その後カラオケに繰り出す。「フル.コース」と名付けていました。
いつからか、その「フル.コース」も遠のき、ある時知人が来れなくなったのをきっかけに、一人で過してしまいました。その頃はA、B、Cの順に部屋が大きくなり、値段も一部屋、800、1000,1200位だったかなと思います。何時間いてもその値段でした。
一世風靡したそのカラオケ店も、今はレンタルビデオショップになっています。時と共にカラオケ店も様相がが変化し、それまでは飲食物の持ち込みOKだったのが、今は店側で提供、料金も、一人いくらに変わっています。
さて、2003年秋、10月に結団式をし、合唱の練習がスタートしました。合唱初心者も多く、指導に当って下さった先生方は、それはもう、やさしく教えて下さいました。まだ、白○市になっていないのに、これから同じ市民になろうとしている仲間が、一つの目標に向かって動き出しました。
「第九」は通常年末に歌われますが、今回は、白○市になって直の日曜日に行われました。
当初、私はアルトでしたが、人数が少ないと言われ、ソプラノに移行、そのころから「どっちでも」の運命を辿っているのかも知れません。
2005年2月6日、あの日の感動は忘れません。松○市民会館ホールを埋め尽くした観衆の、あの拍手、暫く、鳴り止みませんでした。あの日の感動と、感激と、そして、沢山の仲間と、あの日会場を埋め尽くして下さった観客の皆さんへの感謝が、今も心に残こっています。
テーマ : つれづれ日記 - ジャンル : 日記
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